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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)2455号 判決 1990年7月25日

原告

大阪木津市場株式会社

右代表者代表取締役

花﨑一郎

右訴訟代理人弁護士

岩崎英世

被告

花﨑清嗣

右訴訟代理人弁護士

長濱靖

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間には、何らの雇用関係が存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五五年一二月、被告を雇用し、同六一年三月二九日、被告に対し、勤務不良等の理由で同月三一日付けをもって解雇する旨の意思表示をした(以下、旧解雇という。)。

2  被告は、右解雇を不服として、大阪地方裁判所に対し、解雇無効確認請求訴訟(同裁判所昭和六一年ワ第一〇二五九号事件)を提起し、昭和六二年六月一八日開かれた右訴訟の和解期日において、原告が被告に対する前記解雇の意思表示を撤回し、平成元年四月一日までに被告を現職場に復帰させる旨の訴訟上の和解(以下、本件和解という。)が成立した。

3  原告は、平成元年二月一〇日付けの内容証明郵便で、労働基準法二〇条に基づき被告を解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)をなし、右書面はそのころ被告に送達された。

4  よって、原告は、被告に対し、原告と被告との間に何らの雇用関係が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

本件解雇は、以下の理由により権利の濫用として無効である。

1  本件和解の内容は次のとおりである。

(1) 原告は、被告に対し、解雇の意思表示を撤回し、同人を平成元年四月一日までに現職場に復帰させる。

(2) 原告は、被告に対し、正当な理由なく左記の事由が生じた場合は解雇することができる。

<1> 医師の診断書に基づく場合を除いて、許可なくして一か月に二回以上欠勤又は三回以上の早退ないし遅刻をしたとき。

<2> 上司の許可なくして担当業務以外の業務に関与したとき。

<3> 上司の業務遂行に反する行為をしたとき、又は上司に対し業務上の責任を追及したとき。

(3) 被告は、その余の請求を放棄する。

(4) 訴訟費用は各自の負担とする。

2  原告は、右和解により、被告を平成元年四月一日までに現職場へ復帰させる義務を負っており、被告は僧侶としての修業を行いながらその日に備えていた。にもかかわらず、原告は、被告を職場へ復帰させる義務を果たすことなく、右期限の直前になって、何らの理由もないのに被告に対し本件解雇をなしたものである。したがって、本件解雇は権利の濫用として無効であることは明らかである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が被告を職場へ復帰させなかった事実は認め、その余の事実は否認し、本件解雇が権利の濫用であるとの主張は争う。

被告は、原告から、勤務不良を理由に一旦解雇の意思表示を受けたものである。したがって、原告は、本件和解の際に、和解条項中には記載されなかったものの、被告に対し、被告が原告会社に復帰するまでの間、他の企業等へ就労することにより、通常の勤労者と同様に勤務する能力を身に付けるように強く要望し、被告もこれを了承した経過がある。ところが、被告は、本件和解の成立後現職場に復帰する期限が到来する二年近くの間、企業等への就労を一切なさず、原告会社の従業員としての適格性を欠くことが明白となった。原告会社には、このような被告を復帰させて従事させる仕事は存在しないし、そればかりか、このような被告の職場復帰を許せば、原告会社の人事秩序が乱され、他の従業員との関係が維持できなくなる。

本件解雇は、右のような事情でなされたものであるから、権利の濫用でないことは明白である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇の効力について判断する。

1  原告が、被告の勤務不良等を理由に旧解雇をなしたこと、被告はこれを不服として解雇の無効確認請求訴訟を提起した原告との間で、昭和六二年六月一八日、本件和解が成立したこと、右和解条項中には、原告は、旧解雇の意思表示を撤回し、平成元年四月一日までに被告を現職場へ復帰する旨の条項及び被告が現職場へ復帰した後において、特にその勤務態度に関して通常の就業規則等よりも従業員たる被告にとってきびしい解雇条項(抗弁1(2)の<1>ないし<3>記載の条項)が存在すること、原告が、被告を一度も職場に復帰させることなく、平成元年二月一〇日付けの内容証明郵便で本件解雇の意思表示をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告は、本件和解において、旧解雇の意思表示を撤回して被告を現職場へ復帰させることを約し、あまつさえ復帰後において被告の勤務態度が改善されない場合に備えた解雇条項までも取り決めたにもかかわらず、被告を一度も職場へ復帰させることなく、約定の復帰期限の直前になって本件解雇をなしたものであることが認められるのであるから、その解雇権行使は、客観的に合理的理由を欠き社会的に相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がないかぎりは、解雇権の濫用として無効であるといわなければならない。

2  そこで、右特段の事由の有無につき考える。

原告は、本件和解の際に、原告が被告に対し、原告会社に復帰するまで他の企業に就労し、通常の勤労者と同様に勤務する能力を身に付けるように強く要望し、被告もこれを了承したにもかかわらず、被告は、二年近くの間企業等への就労を一切なさなかった旨を主張する。

(人証略)によれば、旧解雇以前の被告の勤務態度には甚だ芳しからざるものがあったこと、これが原因となって先にのべた被告の復帰後の勤務態度に関する和解条項が定められたことが認められ、右事実からすると、原告が、本件和解の際に、原告会社に復帰するまでの被告の生活態度に関し、その主張のような要望をなしたであろうことは推認できる(これに反する被告本人尋問の結果は措信できない。)。また、弁論の全趣旨によれば、被告が本件和解成立後企業等へ就労したことはなかったことが認められ、証人浅田成浩の証言によれば、原告にとって、被告の右生活態度がその期待を裏切るものであったことも認められる。

しかしながら、被告が、右原告の要望を了承したと認めるに足りる証拠はないこと、のみならず、復帰までの被告の生活の仕方・態度が直接的に本件和解条項に盛り込まれることがなかったことは原告も自認するところであること、さらに、前記のとおり本件和解条項においては、被告の現職場への復帰に条件は付されていないこと、また、復帰後の被告の勤務態度に関しきびしい解雇条項が定められたことからすると、本件和解における当事者間の合意の趣旨は、原告は、ともかく一旦は被告を現職場へ復帰させ、その後の勤務態度が旧解雇の以前と変わらなかったような場合に初めて右解雇条項に該当することを理由に解雇できると解するのが合理的であること等を併せ考えれば、被告が復帰までの生活態度において原告の期待を裏切ったとしても、その一事をもって、解雇の合理性を裏付ける特段の事由があったとまでは認められない。

してみると、原告のなした本件解雇は、権利の濫用として無効というべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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